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朝ドラ『おちょやん』登場人物のモデル一覧総まとめ!相手役・成田凌との結婚生活は破綻

杉咲花さん主演の朝ドラ『おちょやん』の登場人物の実在のモデルと考えられる人物を一覧で紹介、史実から今後の展開を予想します。

さらに、主人公・竹井千代(杉咲花)のモデル浪花千栄子、相手役・天海一平(成田凌)のモデル二代目渋谷天外をはじめとする各モデルの人物像に迫ります。

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NHK公式サイトの見解 | 登場人物のモデルについて

NHK公式サイトに、『おちょやん』登場人物のモデルについての見解が掲載されています。

この物語は、今なお上方女優の代名詞といえる存在で、「大阪のお母さん」として親しまれてきた、女優、浪花千栄子さんの人生をモデルにしています。

出典:https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=20910

朝ドラ『おちょやん』のモデルは、女優・浪花千栄子さんの人生です。

ただし、ドラマは実在の人物をモデルとしますが、物語を大胆に再構成し、フィクションとして描かれます。また、『おちょやん』に原作はなくオリジナル作品であることが、番組公式サイトにQ&Aの形で掲載されています。

浪花千栄子に関する参考資料を紹介

水のように (朝日新聞出版)』が浪花千栄子の唯一の著作で、自伝的エッセイとなります。

また、『上方芸人 自分史秘録』は、『おちょやん』で上方芸能考証を務める古川綾子さんの著書で、上方芸人24人の人生を紹介しています。浪花千栄子はもちろん同時代を生きた芸人さん(ドラマにも登場)についても掲載されている書籍です。

また、松竹新喜劇の公式サイトで上方喜劇を支えた歴代の名優の顔写真を確認することができます。

朝ドラ『おちょやん』には原作はありませんが、モデルとなった浪花千栄子の関連書籍は、新しい書籍も続々と刊行されています。興味のある方は書店をチェックしてみてください。

『おちょやん』登場人物のモデル一覧

以下に、朝ドラ『おちょやん』登場人物のモデル一覧を掲載します。モデルはあくまでもドラマ内の設定などから考察した人物となります。

竹井家

役名キャストモデル役どころ
竹井千代杉咲花浪花千栄子(南口キクノ)主人公
竹井テルヲトータス松本南口卯太郎千代の父
竹井ヨシヲ荒田陽向(子役)浪花千栄子の弟千代の弟
竹井栗子宮澤エマ浪花千栄子の継母千代の新しい母

喜劇界

役名キャストモデル役どころ
初代・天海天海茂山宗彦初代・渋谷天外一平の父
天海一平成田凌二代目・渋谷天外千代と結婚
須賀廼家千之助星田英利曾我廼家十吾千代と一平の師匠
須賀廼家万太郎板尾創路 曾我廼家五郎喜劇王

芸能界

役名キャストモデル役どころ
大山鶴蔵中村鴈治郎白井松次郎鶴亀株式会社の社長
山村千鳥若村麻由美村田栄子千代の最初の師匠

役名一覧に掲載のない登場人物は、モデルが不明なキャラクターとなります。判明した場合は追記していきますが、『おちょやん』オリジナルキャラクターという可能性も高いでしょう。

『おちょやん』各登場人物のモデルを紹介

朝ドラ『おちょやん』登場人物のモチーフとなったモデルの方々を紹介していきます。

竹井千代(杉咲花)のモデルは浪花千栄子

主人公・竹井千代(杉咲花)のモデルは浪花千栄子です。

オロナイン軟膏のホーロー看板に起用され、大阪のお母さんとして親しまれた女優です。

幼少期

浪花千栄子は、1907(明治40)年、大阪府南河内郡大伴村(言・富田林市)の生まれで、本名は南口キクノ

4歳で母を亡くし、極貧の生活を送りました。父・南口卯太郎は鶏の行商をしており、浪花千栄子は弟の面倒を見なければならないので、小学校に通わせてもらえませんでした。
8歳の時、父が後妻を迎えたので小学校に通い始めましたが、継母は家事もせず、両親が月謝をくれなかったので、小学校は2か月で行かれなくなりました。

奉公時代

その年、浪花千栄子は大阪・道頓堀の仕出し弁当屋「浪花料理」に奉公に出され8年間働きます。横暴な主人の元、睡眠時間が4時という過酷な労働でしたが、唯一、道頓堀の劇場に届けた弁当箱を下げに行ったとき、上演中の芝居をのぞき見ることが楽しみで、当時人気のあった俳優たちのセリフや動作を完璧に覚えるほどでした

16歳の時、父親が「浪花料理」に表れ、金を無心。浪花千栄子の貯金をせしめ取ろうとしましたが、浪花千栄子が衣食住の支給のみで給料をもらっていないことを知ると、「警察に訴える」と騒ぎ、店から15円を受け取ると、浪花千栄子を他の奉公先に入れました。

奉公先を転々とし、新しい奉公先では大切にされていましたが、18歳の時、父親が2年分の給料を先に受け取っていた事を知って驚き、今後も搾取され続けると思い、初めての給料を持って奉公先を無断で飛び出し、憧れの京都に向かいました。

京都時代

京都では屋敷奉公の仕事を探しましたが見つからず、兵隊を相手にするカフェー「オリエンタル」で女給となりました。浪花千栄子も戯れ女として客を取らされる日がやってきますが、その当日、先輩女給から一緒に女優になろうと誘われ、カフェーを辞めました。

浪花千栄子は先輩女給と一緒に無名プロダクションに入ります。会社は詐欺まがいのことをしていたようで、フィルムが入っていないカメラを回し、撮影するふりをして出資者を集めていたようですが、1本の映画も撮影することなく潰れてしまいました。

倒産時は監督が就職口を世話してくれ、浪花千栄子は村田栄子一座に弟子入りします。村田栄子は気の強い女性でした。浪花千栄子は身の回りの世話などをしていましたが、物覚えが良いので気に入られ弟子となります。全ての台詞を覚えていた浪花千栄子は、舞台の袖から村田栄子に台詞を教えるようになりました。

1926(大正15)年、浪花千栄子は初舞台を踏みます。舞台『正ちゃんの冒険』に主演していた村田栄子が肺炎で倒れ、台詞を覚えている浪花千栄子が代役に立ちました。緊張でセリフが飛んでしまったので、飛んだり跳ねたりのアクションで冒険シーンを演じ、喝さいを浴びます。
そして、三友劇場の支配人が浪花千栄子を映画会社「東亜キネマ」に紹介しました。

スクリーンデビュー

浪花千栄子は無声映画のスクリーンデビューを果たしますが、同僚の理不尽なリストラに抗議して「東亜キネマ」を退社、「帝都キネマ」に移籍します。紆余曲折あり、何本かの映画に出演した後、「松竹」の専属女優となりました。

松竹家庭劇に入団、そして離婚

1930(昭和5)年、浪花千栄子は上方演劇界のホープ・二代目渋谷天外が座長を務める「松竹家庭劇」に入団します。1928(昭和3)年に曾我廼家十吾と二代目渋谷天外が、喜劇界を独走する曽我廼家五郎と対抗するために旗揚げした劇団です。

もともと、浪花千栄子二代目渋谷天外は幼馴染でした。子供のころ奉公していた「浪花料理」の向かいにある芝居茶屋「岡嶋(岡島)」に渋谷一雄(後の二代目渋谷天外)が居候していたのです。

そして浪花千栄子は1930(昭和5)年、23歳の時に二代目渋谷天外と結婚し、座長の妻と看板女優という2足のわらじを履きます。
その生活は、1948(昭和23)年に発足した「松竹新喜劇」を経て、二代目渋谷天外と離婚し「松竹新喜劇」を去る1951(昭和26)年まで、約20年間続きました。

離婚の原因は、二代目渋谷天外が、浪花千栄子も可愛がっていた「松竹新喜劇」の若手女優・九重京子と不倫をし、子供ができたからです。

もともと自他共に認める女好きだったのです。
待望の子供を抱いた二代目渋谷天外は不倫相手をとり、子供が出来なかった浪花千栄子に離婚することになります。44歳の浪花千栄子は離婚後、劇団を去るだけではなく、芸能界からも引退しました。離婚については「死を意味するほど、重大なもの」と自叙伝に記しています。

復活!「大阪のお母さん」へ

浪花千栄子の復活のきっかけを作ったのはNHK大阪でした。
花菱アチャコを主役にした企画で大阪弁をしゃべれる相手役を捜しており、浪花千栄子を1952(昭和27)年スタートのラジオドラマ『アチャコ青春手帖』の母親役で出演させました。

この母親役が大当りします。続く『お父さんはお人好し』では花菱アチャコと夫婦役で12人の子供がいる夫婦を軽妙に演じ、「大阪のお母さん」として親しまれました。

そして、浪花千栄子の本名「南口(なんこう)キクノ」が「軟膏、効くの」につながることから、オロナイン軟膏のホーロー看板に起用され、1967(昭和42)年から3本のTVCMに出演しました。

その一方、昭和20年代後半からは、映画『祇園囃子』『夫婦善哉』『蜘蛛巣城』などで、名だたる巨匠から起用されます。1965(昭和40)年にはNHK大河ドラマ『太閤記』に出演して日本を代表する女優となりましたが、1973(昭和48)年12月22日に死去しました。66歳でした。

竹井千代(杉咲花)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の竹井千代も、モデルとそう違わず、口が達者で機転が利く少女として描かれます。
「竹井千代」の名前については、浪花千栄子が幼少期、寂しくなると竹藪へ逃げ込んで遊んでおり、竹が好きだったというエピソードにちなんでつけられたもののように思います。

史実と違うのは奉公先での物語です。史実では、浪花千栄子は奉公先から酷い仕打ちを受けており孤独な日々ですが、ドラマでは千代は奉公先「岡安」に受け入れられ、女将さんは千代の心の母ともいえる存在になっていきます。

また、公式サイトで確認した限りでは「結婚と離婚」などの重大なイベントについては史実になぞらえて展開していくようです。後にやってくる、史実の離婚の経緯はエグいもので、ここを乗り越えての復活劇にも注目です。

竹井テルヲ(トータス松本)のモデルは南口卯太郎

竹井千代の父・竹井テルヲ(トータス松本)のモデルは、浪花千栄子の父親・南口卯太郎です。

浪花千栄子の父・南口卯太郎は、大阪府南河内郡大伴村で養鶏業(鶏の行商)を営んでいました。養鶏のコンクールで賞を取るほどの名人でしたが、生活は非常に貧しいものでした。

歌舞伎役者に似ており顔立ちが良く、女好きの男だったようです。

妻・南口キクは、キクノ(浪花千栄子)と3歳下の長男を出産しましたが、浪花千栄子が4歳の時に死んでしまいます。南口卯太郎は長男の面倒を見させるため、浪花千栄子を小学校に入れませんでした。

やがて、飲み屋で仲居をしていた女性と再婚。後妻は気に入らないことがあると家出をし、毎回南口卯太郎が連れ戻すのですが、その度に後妻側の出した条件を飲んでいました。

後妻が、前夫との間にできた子供を連れて戻ってきて、浪花千栄子らとは暮らしたくないと言うので、南口卯太郎は最初に浪花千栄子を、次に長男を前妻・南口キクの母の家に預けました。

浪花千栄子の祖母は子供を2人も預けられて困り、密かに浪花千栄子を大阪・道頓堀の仕出し料理屋「浪花料理」へと奉公に出します。

それから8年後、南口卯太郎は浪花千栄子の奉公先を知り、「浪花料理」に現われ金をせびります。さらに浪花千栄子を別の奉公先に出し、2年間分の給料を前払いさせ自らの懐に納めます。

史実の南口卯太郎は、子供を利用するだけの自分勝手な人間だったようです。ただ、浪花千栄子が京都に逃げてからは、縁が切れたのか、どうなったかわかりません。

竹井テルヲ(トータス松本)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の竹井テルヲもモデルそのままの性格です。さらに酒ばかり飲んで、子供のことはほったらかしです。

しかも、ドラマでは千代の奉公先だけではなく、千代が京都に逃げてからも、ときどき顔を出しては千代に金をせびり続けます。竹井テルヲがいつまで千代にまとわりつくのか、果たして改心することはあるのかが見どころになるでしょう。

2作前の朝ドラ『スカーレット』の主人公の父親・川原常治も飲んだくれで、娘が稼いだお金を当てにするような人物でしたが、常治は家族を愛しており、憎めない魅力がありました。

『おちょやん』の竹井テルヲも憎めないと言えなくはないですが、それは表面的な愛想の良さや調子のよさからきているのかもしれません。

竹井ヨシヲ(子役:荒田陽向)のモデルは浪花千栄子の弟

竹井千代の弟・竹井ヨシヲ(子役:荒田陽向)のモデルは、浪花千栄子の3歳下の弟です。

生まれてほどなく母・南口キクが亡くなってしまったので母の顔は知らず、幼少期は姉の浪花千栄子が面倒を見ています。

父・南口卯太郎が再婚して継母ができますが、継母の差し金で姉の浪花千栄子が母方の祖母の家に預けられ、後に弟も祖母の家に預けられます。

祖母の家も子供2人は見きれず、姉の浪花千栄子が奉公に出されてしまいます。この時点で姉弟は生き別れになってしまったので、弟がどうなったかはわかりません。

竹井ヨシヲ(子役:荒田陽向)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の竹井ヨシヲは、いつもお腹を空かせて、姉・千代を頼っています。千代も弟のことを守っています。

ドラマでも、結果的に千代が継母に追い出される形となりますが、史実と少し違うのは、千代はヨシヲが継母に懐いていると感じたので、ヨシヲだけは家に置いておいてあげてとお願いして奉公に出るというところです。

ヨシヲの存在は千代の心の支えで、離れていても「ヨシヲ命」です。いつか一緒に暮らしたいと願っていますが、その思いはすれ違っていることが後に判明します。

ドラマでは、大人になったヨシヲが登場予定です。そのヨシヲは不良になっており、自分を捨てた姉を恨んでいるのです。ドラマを通じ、姉弟の絆が戻るのかが見どころになります。

竹井栗子(宮澤エマ)のモデルは浪花千栄子の継母

竹井千代の継母・竹井栗子(宮澤エマ)のモデルは、浪花千栄子の継母(父の後妻)です。

もとは飲み屋で仲居をしていたらしいので、南口卯太郎が鶏の行商をしていた時に出会ったのかもしれません。再婚後、家のことは何もせず、昼間から三味線を取り出して歌っていたそうです。

気に入らないことがあると家出をし、夫の南口卯太郎が迎えに行くと、条件を突きつけます。そのとき、継母は前夫との間に儲けた連れ子と共に戻り、浪花千栄子との同居を嫌がったので、浪花千栄子は祖母の家に預けられ、後に弟も同様の運命をたどりました。

竹井栗子(宮澤エマ)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の竹井栗子(宮澤エマ)もモデル同様の人物像です。ただ、意地悪な性格というより、あっけらかんとしていて、自分のことしか考えられない女性のようにも見えます。

史実では、前夫との連れ子を南口家に迎え入れたことにより、浪花千栄子らを追い出したのですが、ドラマでは竹井栗子が妊娠したことにより、千代が奉公に出ることになります。

初代・天海天海(茂山宗彦)のモデルは初代・渋谷天外

天海一平の父親にあたる初代・天海天海(茂山宗彦)のモデルは初代・渋谷天外です。

初代・渋谷天外は、1881(明治14)年頃の生まれです。

1906(明治39)年、中島楽翁と手を組み一座を旗揚げします。名前は「楽天会」とし、松竹で初の所属喜劇団となりました。道頓堀へと進出し人気を博します。

長男・渋谷一雄が生まれたのも1906(明治39)年。長男は役者にせず、学校へと進学させるつもりでしたが、渋谷一雄が8歳の時、「楽天会」の子役が急死したため、代役として出演させたことをきっかけに役者にしました。

それから2年後の1916(大正5)年、初代・渋谷天外は35歳という若さで死んでしまいます。主宰者を失った「楽天会」は低迷し、相方の中島楽翁も1920(大正9)年に37歳で死去。劇団は1922(大正11)年に解散となりました。

初代・天海天海(茂山宗彦)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の初代・天海天海(茂山宗彦)は、天海一平(成田凌)の父親で、「天海天海一座」を率いています。

酒と女が好きで息子に嫌われていますが、息子には寂しい思いをさせていると感じており、息子のことを密かに気にかけています。

モデル同様、天海一平が子供の頃に亡くなってしまいます。

また、「天海天海一座」のナンバー2・須賀廼家千之助は初代・天海天海がスカウトしたという設定になっていますが、史実は違います。
千之助のモデルとなった人物は曾我廼家十吾といい、初代・渋谷天外とは知り合いでしたが「楽天会」には入っていません。

天海一平(成田凌)のモデルは二代目・渋谷天外

竹井千代の相手役・天海一平(成田凌)のモデルは二代目・渋谷天外(渋谷一雄)です。

二代目・渋谷天外は喜劇俳優、劇作家となり、浪花千栄子と結婚する人物です。本名は渋谷一雄。1906(明治39)年、「楽天会」を主宰する初代・渋谷天外の長男として生まれました。

将来は進学予定でしたが、渋谷一雄が8歳の時「楽天会」の子役が急死したため、代役として初舞台を踏みます。
デビューから2年後、1916(大正5)年に父親と死別。居候先の芝居茶屋「岡嶋(岡島)」が渋谷一雄に役者を続けさせたので、進学の道は無くなりました。

また、芝居茶屋「岡嶋(岡島)」は、仕出し料理屋「浪花料理」の向かいにあったので、そこで8歳のときから奉公している浪花千栄子と知合います。

その後「楽天会」は解散し、身の振り方に苦労する時代がありますが、曾我廼家十郎から脚本を書くようにすすめられ、意欲的に取り組みました。

1925(大正14)年12月に天才喜劇役者・曾我廼家十郎が死去すると、喜劇界は、ライバル関係にあった喜劇王・曾我廼家五郎が一強の時代になります。

曾我廼家五郎に対抗できる劇団をつくるため、1928(昭和3)年、曾我廼家十吾に誘われた渋谷一雄は「松竹家庭劇」の旗揚げに参加します。

曾我廼家十吾に役者として鍛えられた渋谷一雄は、1929(昭和4)年、二代目・渋谷天外を襲名。1930(昭和5)年、松竹家庭劇の女優になっていた浪花千栄子と結婚します。24歳のときでした。

戦後、1946(昭和21)年、曾我廼家十吾との対立から、二代目・渋谷天外は浪花千栄子と共に劇団を抜けましたが、1948(昭和23)年、新しく「松竹新喜劇」が発足することになったので、夫婦は新劇団に入ります。

そして「松竹新喜劇」が軌道に乗った頃、二代目・渋谷天外は、浪花千栄子の弟子・九重京子(渋谷喜久栄)を愛人とし、2人の間に子供が出来たので、20年連れ添った妻の浪花千栄子を捨てました。

1950(昭和25)年11月に九重京子(渋谷喜久栄)が長男・渋谷成男を出産。浪花千栄子には子供がいなかったので、夫をあきらめ離婚。「松竹新喜劇」を去ります。

1951(昭和26)年、脚本を手掛けた『桂春団治』が大ヒットし自身の代表作の一つになります。

1956(昭和31)年、舞台の方向性の違いから、曾我廼家十吾が「松竹新喜劇」を脱退。すると、二代目・渋谷天外の弟子であり、曾我廼家十吾の流れもくむ藤山寛美が台頭し、「松竹新喜劇」を救います。

1983(昭和58)年に77歳で逝去。

1992(平成)4年、次男の渋谷喜作が三代目・渋谷天外を襲名しました。

天海一平(成田凌)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の天海一平(成田凌)は、「天海天海一座」を率いる初代・天海天海(茂山宗彦)の息子です。

竹井千代が「おちょやん」をしている芝居茶屋「岡安」を訪問する一座の息子として登場。
千代とは「酒飲みで女好きの父親が嫌い」「年が同じ」「学校へ行っていない」という共通点があり、共感した千代から親友認定されます。関係性としては戦友のような感じです。

将来は喜劇界のプリンスとなり、二代目・天海天海も襲名。竹井千代と結婚し二人三脚で頑張っていくことになりますが、公式サイトで結婚の破綻が既定路線となっています。

史実と同様の離婚経緯ですと、天海一平と愛人に相当なパッシングがきそうな予感ですが、ドラマではその辺がどのように描かれるのかが注目です。

ちなみに、実在の三代目・渋谷天外さん。『おちょやん』で鶴亀株式会社の守衛役で登場しちゃいます。

須賀廼家千之助(星田英利)のモデルは曾我廼家十吾

須賀廼家千之助(星田英利)のモデルは、アドリブ王といわれた喜劇役者・曾我廼家十吾です。

曾我廼家十吾は、1891(明治24)年生まれです。
実家が新聞販売店を営んでいたので、子供の頃から新聞配達の手伝いする一方、近所の大人に見世物芸のモノマネを披露していました。

あるとき、子役の代役を頼まれたのが縁で、にわかと呼ばれる即興芝居を公演する「大門亭大蝶一座」に子役として出演するようになり、曾我廼家十吾が後に「アドリブ王」と呼ばれる土台が形成されます。

1906(明治39)年、曾我廼家十吾は曾我廼家十郎の弟子となります。

1922(大正11)年、曾我廼家十郎のすすめで、二代目・渋谷天外が曾我廼家十吾に会いに行きます。実は曾我廼家十吾は初代・渋谷天外の知り合いで、子供の頃の二代目を抱っこしたこともありました。2人の年齢差は15歳です。

1925(大正14)年12月に天才喜劇役者・曾我廼家十郎が死去すると、喜劇王・曾我廼家五郎の時代となります。曾我廼家五郎が曾我廼家十郎の追善興行を主催したので、曾我廼家十吾も参加をするために「曾我廼家五郎劇」に一時入団しました。

1928(昭和3)年、曾我廼家十吾は二代目・渋谷天外らとともに、松竹の支援を得て「松竹家庭劇」を旗揚げしました。曾我廼家十吾は37歳でした。

このころ、二代目・渋谷天外と浪花千栄子は交際しており、正式に結婚するように勧めたのは曾我廼家十吾だったといいます。

さて、曾我廼家十吾と二代目・渋谷天外は演劇の方向性の違いから度々衝突して、別れたり合流したりします。
1946(昭和21)年には、二代目・渋谷天外が妻・浪花千栄子を連れて「松竹家庭劇」を退団。
1956(昭和31)年には、曾我廼家十吾が「松竹新喜劇」を退団します。

最終的には仲直りをし、1970(昭和45)年、14年ぶりに二代目・渋谷天外と共演も果たしました。

須賀廼家千之助(星田英利)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の須賀廼家千之助(星田英利)は、初代・天海天海とともに「天海天海一座」を率いるアドリブ王です。

初代・天海天海が亡くなった後、「天海天海一座」の公演が上手くいかなくなると、見切りをつけていなくなります。後に、天海一平が座長で竹井千代もメンバーとなっている「鶴亀家庭劇」を結成する際、2人が須賀廼家千之助を懸命に呼び戻します。

自分のアドリブ芸に絶対的な自信があり、圧倒的な結果も出していますが、台本通りに演じたいメンバーとの軋轢もあります。「文句があるなら芸で勝負。俺が勝つけどな」というスタンスなので、天海一平や竹井千代にとっては手ごわい師匠となります。

須賀廼家万太郎(板尾創路)のモデルは曾我廼家五郎

須賀廼家万太郎(板尾創路)のモデルは、喜劇王と呼ばれた曾我廼家五郎です。

上方演劇の生みの親、喜劇王・曾我廼家五郎(1877~1948)と天才喜劇役者・曾我廼家十郎(1869~1925)は、日露戦争が始まった1904(明治37)年に「曾我廼家兄弟劇」を旗揚げしました。

旗揚げ公演は、曾我廼家五郎が脚本を書いた『無筆の号外』で、洋食屋の開店チラシを新聞の号外と勘違いした人々が、ライスカレーやビフテキなどの文字を見て敵国ロシア人の人名だと興奮し、洋食店へ押しかけるという内容です。
『無筆の号外』が大ヒットし、「曾我廼家兄弟劇」は大衆に支持されるものとなりました。

曾我廼家十郎は飄々とした天才型で、舞台に登場するだけで笑いがあふれたという話もあります。一緒に演じてコンプレックスを感じた曽我廼家五郎は芝居を誇張することで対抗しました。やがて、芝居に対する方向性の違いから2人は袂を分かつことになります。

1925(大正14)年12月、年上だった曾我廼家十郎が56歳で死去すると、残された曽我廼家五郎は「曽我廼家五郎劇場」を率いて喜劇王として君臨

1932(昭和7)年、世界の喜劇王・チャップリンが来日した時は、チャップリンが曽我廼家五郎を訪問し、2人が握手した写真が「東西の喜劇王」という見出しで新聞に載りました。

曾我廼家十吾、二代目・渋谷天外、浪花千栄子らが参加した「松竹家庭劇」も「曽我廼家五郎劇場」には太刀打ちできませんでした。

須賀廼家万太郎(板尾創路)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の須賀廼家万太郎(板尾創路)は、「須賀廼家万太郎一座」を率いる絶対的な喜劇王で、大阪だけでなく東京でも人気となっています。竹井千代や天海一平は須賀廼家万太郎を超えることを目標に奮闘します。

ドラマでは、史実の曾我廼家十郎に該当する登場人物がいないように思いますが、須賀廼家千之助が「万太郎一座」を飛び出したという過去を持っているので、曾我廼家十郎の要素の一部を須賀廼家千之助に反映させているものと思われます。

大山鶴蔵(中村鴈治郎)のモデルは白井松次郎

鶴亀株式会社の社長・大山鶴蔵(中村鴈治郎)のモデルは、松竹の社長・白井松次郎です。また鶴亀株式会社のモデルは松竹株式会社です。

双子の兄弟・白井松次郎と大谷竹次郎は1877(明治10)年、京都生まれ。1902(明治35)年に「松竹合名会社」を設立。社長は兄の白井松次郎が務めました。

松竹は1906(明治39)年に大阪・道頓堀に進出して、1910(明治43)年に東京に進出。兄の白井松次郎が大阪担当し、弟の大谷竹次郎が東京担当となりました。

大山鶴蔵(中村鴈治郎)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の大山鶴蔵(中村鴈治郎)は、道頓堀の芝居小屋を支配する鶴亀株式会社の社長です。

ドラマのオリジナル要素と思われるのは、大山鶴蔵が天海一平の後見人のような役割をしている所です。

初代・天海天海が亡くなったときの喪主が大山鶴蔵になっており、天海一平が二代目になれるよう、残された座員に申し付けたり、天海一平に命令して鶴亀撮影所で脚本の勉強をさせたりしています。

山村千鳥(若村麻由美)のモデルは村田栄子

竹井千代の最初の師匠・山村千鳥(若村麻由美)のモデルは浪花千栄子の師匠・村田栄子です。

村田栄子は1890(明治23)年、東京都に生まれます。祖父は幕末の儒学者・林靏梁です。

女優としては松井須磨子の「芸術座」出身ですが、性格がきついため松井須磨子とうまく行かずに一座を離れ、「村田栄子一座」を旗揚げしました。

一座が京都の「三友劇場」を拠点に活動していたとき、倒産したプロダクションの監督の紹介で浪花千栄子が一座に入ります。

浪花千栄子は村田栄子の舞台を見て、初めて演技の本体を見せられたようだったと自叙伝に書いており、村田栄子を師と仰いでいます。

浪花千栄子は身の回りの世話などをしていましたが、物覚えが良く全ての台詞を覚えていたので、舞台の袖から村田栄子に台詞を教えるようになりました。

舞台『正ちゃんの冒険』に主演していた村田栄子が肺炎で倒れ、台詞を覚えている浪花千栄子が代役に立ちました。

緊張でセリフが飛んでしまったので、飛んだり跳ねたりのアクションで冒険シーンを演じたところ、この芝居が受けたので上演期間も延長され、浪花千栄子は看板女優へと躍進しました。

しかし、村田栄子は浪花千栄子に厳しく当たり、浪花千栄子は生傷の絶えない日々を過ごしたらしいのです。

そして、三友劇場の支配人が浪花千栄子を映画会社「東亜キネマ」に紹介しました。浪花千栄子の芸名は変遷していますが、三友劇場の支配人が村田栄子から「栄」の字をとって、下の名前を千栄子と名付けてくれたのです。

山村千鳥(若村麻由美)のキャラクター

朝ドラ『おちょやん』の山村千鳥(若村麻由美)は、「山村千鳥」を率いる女座長です。新京極の三楽劇場を拠点に公演をしています。

モデル同様、わがままでクセが強く、稽古でも座員を罵倒したりモノを投げつけたりします。

採用された竹井千代は雑用ばかり命じられ、稽古をつけてもらえない日々を過ごしますが、『正チャンの冒険』で主役の代役をしたときは発声の基本を叩き込んでくれました。また、自ら一座を解散することになり、その時は竹井千代に鶴亀撮影所への紹介状を書いてあげてます。

我が道を行く気難しい人ですが、要所要所で竹井千代に気付きを与えてくれる存在となります。

また、山村千鳥と竹井千代、下の名前が1文字共通しているのは、モデルの命名事情とリンクさせたのかもしれません。

まとめ

以上、朝ドラ『おちょやん』の出演者のモデルを紹介しました。明治生まれの喜劇役者さんや女優さんが多くモデルになっています。

さて、既に書いてある通りですが、竹井千代は天海一平と結婚し破綻するというのがドラマの既定路線になっています。

史実の通り、天海一平が不倫するとしたら、その相手は誰なのかが気になるところです。

執筆時の公開情報で目星をつけるとすると、「鶴亀家庭劇」の女性メンバー、高峰ルリ子(明日海りお)、石田香里(松本妃代)が候補となります。
ただ、高峰ルリ子は婚約者を別の女優に奪われたという過去が明らかになるので、人に同じようなことはしないと思われます。
すると、一番怪しいのは石田香里となります。石田香里は「鶴亀歌劇団」出身という設定。モデルとなる九重京子はOSK日本歌劇団出身なので、共通点もあったりします。

天海一平が石田香里を愛人にした場合、竹井千代は「同僚」に夫を奪われるということになります。しかし、史実では浪花千栄子は「若い愛弟子」に夫を奪われているので、愛人役が登場するとしたら、もっと後の時代に新メンバーという形で登場する可能性もあるでしょう。

他の登場人物を含め、新たな情報がありましたら、本記事も更新していきたいと思います。