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『いだてん』47話(最終回)のネタバレ感想!金栗四三が遂に完走!ゴールまでに孫10人を作る偉業達成

2019年12月15日に放送されたドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』47話(最終回)のネタバレを含むあらすじと感想を、放送後にSNSで最も注目を集めた出来事を含めてお伝えします。

いよいよ最終回、多くの人達がバトンを繋ぎ、遂に夢の東京オリンピックが開幕!
オリンピックに関わってきた人々が、一同勢揃いする豪華60分です。

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※記事の公開日(更新日)時点の情報です。

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『いだてん』最終回のあらすじネタバレ

昭和39(1964)年 10月10日。
昨日の大雨が嘘のように晴れ渡った東京。
国立競技場にて田畑政治(阿部サダヲ)が一人佇んでいると、金栗四三(中村勘九郎)がやってきました。手には、かつてベルリンで日本招致が決まったときに、嘉納治五郎(役所広司)から送られてきたエアメールが。そこには「昭和15年 東京でオリンピックを開催する運びとなった。開会式の聖火ランナーを君に頼みたい」といった内容が書かれていました。
これを読んだ田畑は、最終ランナーに選ばれなかった四三が恨んでいるのかと思い「悪かったよ」と詫びますが、四三はそれを否定。あくまで、坂井義則(井之脇海)が適任だと強調しました。

そして、坂井の様子を見に、待機場所となっていた食事処「水明亭(すいめいてい)」を訪れる四三。
坂井はプレッシャーに押し潰されて、震えていました。そんな坂井を奮い立たせるために、店主(カンニング竹山)から鍋いっぱいの水をもらい、坂井の頭上から豪快に水をかける四三。
「冷水浴たい!なーんも考えんと、走ればよか」と、檄を飛ばしました。おかげで坂井の緊張は解れ、気合いも新たに、スタンバイ地点へと向かったのでした。

東京都知事の東 龍太郎(松重 豊)は、不参加が決定したインドネシア選手団を羽田空港まで見送りに。
通訳のアレンは、田畑のオリンピックに参加したかったと悔しさを滲ませました。
インドネシアの不参加が決まり、参加国は94か国に。

映画監督の市川崑(三谷幸喜)は、公式記録映画『東京オリンピック』を撮るため、忙しなく現場に指示を飛ばします。

岩田幸彰(松坂桃李)は、「できれば日本語で挨拶をしたい」というIOCブランデージ会長のために、つきっきりで日本語をレクチャー。
しかし途中で、自信を無くし、やっぱり英語でいこうかと悩むブランデージ会長でした。

午前10時。
開場時間となり、観客がどっと押し寄せます。
NHKアナウンサーからは「世界中の秋晴れを全部東京に持ってきてしまったような、すばらしい秋日和であります」という有名フレーズが。

かつての仲間も続々と集まってきます。
水泳選手として活躍した高石勝男(斎藤 工)、大横田 勉(林 遣都)、野田一雄(三浦貴大)、鶴田義行(大東駿介)や、体協の役員だった野口源三郎(永山絢斗)や可児 徳(古舘寛治)も。

午後1時50分。
参加94か国の国旗が一斉に揚がりました。

午後1時58分。
天皇陛下ご臨席。

入場行進が開始され、まず先頭にギリシャの選手団が。
22番手に、コンゴの二人が入場。これを観客席で見ていた四三は、三島弥彦(生田斗真)と二人だけで参加したストックホルム(明治45年7月6日)のことを思い出し、感慨に耽ります。

そして、真っ赤なブレザーを着た日本選手団が入場。
澄み切った秋晴れに映える選手団を見て、「晴れてよかった。あの時はどしゃ降りだったからな」と、昭和18年、ここで小松勝(仲野太賀)らを送り出した学徒出陣壮行会の日のことを思い出す田畑たち。
あの日、「ここでオリンピックをやるぞ!」と誓った田畑は、河野一郎(桐谷健太)へ「約束を果たしたぞ!へへっ、ざまあ見ろ、バカ野郎め」と胸を張って言い放ちます。河野はこれに悪態をつきながらも、感慨に咽び、拍手を送り続けました。
そして、感極まった四三や河野たちは万歳三唱をはじめ、それが会場中に広がり、スタジアムは皆の万歳三唱に包まれました。

次に、ブランデージ会長からの挨拶。
結局、英語で挨拶をはじめましたが、途中から日本語による挨拶に。その心意気に、観客から大喝采が。

その開会式の様子を、カラーテレビで見入る、バー「ローズ」のマリー(薬師丸ひろ子)やお客たち。
そのカラーテレビは、「開会式の日は大雨」と占ったマリーに感謝のしるしとして、田畑が贈ったものでした。

聖火最終ランナーの坂井がスタジアムに入ってきて、聖火台に火を灯しました。
四三は「でかした!坂井君でよかった!」と拍手を送ります。

そして、雨だと予想して前日たらふく酒を飲んでしまい、二日酔いとなったブルーインパルスの隊員・松下治英(駿河太郎)たち。
ここにきて初めて、見事な五輪を空に描きました。

一方その頃。
古今亭志ん生(ビートたけし)はタクシーに乗って、寄席小屋に向かっていました。
がしかし、至る所通行止めでなかなか進みません。運転手(宮藤官九郎)が申し訳なさそうな表情を浮かべます。

けれどどうにかして、芝の寄席小屋に辿り着いた志ん生。
オリンピックの開幕ということで、「富久」を演じることに。
オリジナルの「富久」では浅草から日本橋を走るのですが、昔、満州にて、とある兵士(小松)から意見され、芝から日本橋まで走るようアレンジしたというエピソードも披露します。

その様子を、日の丸のランニング姿をした五りん(神木隆之介)が、汗だくになって聞いていました。
なぜそのような状況になったかというと、少し時間が遡り…。

2か月前、根無し草の五りんに、美津子(小泉今日子)が「聖火ランナーの募集があるから参加してみたら」と勧めました。
その場では、10月10日は知恵(川栄李奈)の出産予定日だからと断った五りん。しかし、増野シマ(杉咲花)の代から脈々と続く走ることへの情熱、血が騒ぎ、参加を決意。

10月10日、募集要項にあった集合場所へ向かいます。
すると募集されてたのは、聖火を持って走る正走者ではなく、その後ろで旗を持って走る随走者であると知らされます。五りんは拍子抜けするも、せっかくなので参加することに。随走はあっという間に終わり、傍にあった「水明亭」に寄りました。
そこで焼き飯(四三が頼んで食べ損ねて余っていたもの)を食べさせてもらい、聖火台に灯った炎を眺め、ある決心をします。
志ん生に謝って、また弟子にしてもらおう、と。

そして、聖火ランナーの姿のまま、「富久」を口ずさみながら、芝の寄席小屋へと走ったのでした。

志ん生の「富久」を客席の片隅で堪能した後、楽屋で土下座して、大事な着物を質屋に入れてしまったこと、勝手に姿を消してしまったことを詫びました。
今松(荒川良々)は「お前、どのツラさげて」と声を荒げましたが、志ん生は、とくに気にする風でもなく、許してくれました。そして「富久」を聞いていた五りんに、どうだった?と聞く志ん生。
五輪は「絶品でした!」と答えたのでした。

すると、浅草の病院から、知恵が産気づいたとの連絡が。
五りんは、芝から浅草へと、また走って向かいました。
無事、女の子が生まれ、名前を「富恵(とみえ)」に。

東京オリンピックのほうは大盛況。
マラソンでは、テレビ中継も始まりました。ただ、中継カメラが1台だけだったので、終始先頭のアベベだけが映されており、競技場のカメラに切り替わった際、日本の選手・円谷幸吉が2位で入ってきたことに、日本中が度肝を抜かされます。
ゴール直前でイギリスの選手に抜かれてしまいましたが、めでたく3位。銅メダルを獲得しました。

バレーボール女子は優勝し、金メダルを獲得。
大松博文(徳井義実)監督は、「俺が嫁入りの面倒見たる!」の宣言通り、オリンピック後も何かと選手たちを気にかけてくれて、河西昌枝(安藤サクラ)選手の結婚式には、亡くなった父親代わりに親族として参列しました。

10月24日 閉会式。
北ローデシアが、イギリスから独立してザンビア共和国になりました。
閉会式当日の報せとあって、さすがにザンビアの国旗は用意できないだろうと思われたのですが、式典課の国旗スペシャリスト・吹浦忠正(須藤蓮)の頑張りの甲斐あって、何とか間に合いました。

閉会式では、全競技を終えた解放感から、選手たちは羽目を外して騒ぎだし、指示をまったく聞き入れません。
その結果、各国選手、入り乱れての入場に。しかしそれが「国境を越え、宗教を超えた、美しい姿だ」と世界中から賞賛されました。

田畑もその光景を見て、感慨に浸ります。
そして、幻となって表れた治五郎へと「いかがですか?」と問いかける田畑。
治五郎は「面白い、実に面白い!田畑、私は改めて君に礼を言うよ。ありがとう!」と答え、田畑は涙を流しました。
その田畑へ、ストップウォッチを返す岩田。
田畑は、バトンを引き継いで成功に導いてくれた岩田にも、「最高だよ!俺のオリンピックがみんなのオリンピックになった!ありがとう」と感謝を伝えたのでした。

その後、田畑は日本水泳連盟の名誉会長となり、後進の育成に力を注ぎました。

3年後。
熊本にいる四三のもとに、ストックホルムから一通の手紙が届きます。
ストックホルムでは、1912年のマラソンにて、四三は「消えた日本人」とされており、まだどこかを走り続けている、という扱いになっているとのこと。そこで、記念式典での完走を要請する手紙でした。
四三は55年ぶりに、スヤ(綾瀬はるか)とともにストックホルムへ。
そして四三は、「54年 8ヶ月 6日 5時間32分20秒3」という記録で完走。
四三は、ゴール後のスピーチで「走ってる間に、妻をめとり、6人の子と10人の孫が生まれました」とコメントしたのでした。

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『いだてん』最終回のネタバレ感想

40代女性

ドラマ大好きうさうさ

なんとも豪華絢爛な最終回!
まさに、いだてんの集大成といった華やかさがありました。
続々と出てくる懐かしい顔ぶれに、感慨もひとしお。タクシーの運転手としてクドカンさんがチラッと登場したのも嬉しかったです。

そして最終回だけあって、感動シーンが盛沢山。
全部挙げるとキリがないので、とりあえず大きく2点ほど。

まずは…五りんがついに走りました!
シマや小松から受け継いだ走ることへの想いが、ここにきて体現されて、ジーンときました。
富久さながらの走りっぷり、お見事でした!

そして四三の完走。
完走した後のコメント「走ってる間に、妻をめとり、6人の子と10人の孫が生まれました」が、深い!四三はまさに「走り続けた」人生でしたね。
式典の実際の映像で、走っている四三おじいちゃんの顔が、何とも言えない笑顔をしてて。
「あ~ほんとに走るのが楽しいんだな~。幸せなんだな~」と感じて、見てる此方もほっこり幸せな気分に。

例年の大河では、歴史上の偉人一人を題材にしたもので、最終回は大抵、死を迎えるしんみりとした終わり方でしたが、この「いだてん」では、まさにお祭り騒ぎの中の大団円ということで、後味も明るく、来年の東京オリンピックを景気付けるにふさわしい終わり方、バトンの渡し方だと感じました。
大河ドラマの最後でこんなに晴れやかな気分になったのは初めてかも!

この晴れやかな気分のまま、来年の東京オリンピックをワクワクしながら待ちたいと思います!

金栗四三が遂に完走!ゴールまでに孫10人を作る偉業達成

三島弥彦と金栗四三の二人が、はじめて日本人として参加したオリンピック・ストックホルム大会。マラソン競技に出場した金栗四三は、レース30km過ぎに倒れてしまう。

棄権したと金栗本人も思っていたのに、五輪委では競技中に失踪し行方不明扱いだった!
これを知ったオリンピック委員会は、金栗四三をストックホルム五輪開催55周年記念式典に招待し、記念式典でゴール(完走)させることに!

記録は54年8ヶ月6日5時間32分20秒3。
「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」とアナウンスしたという。オリンピック委員のはからいが粋すぎるエピソードです。
でも、われらの金栗四三も負けてない!
ゴール後のスピーチで、「長い道のりでした。その間に、子供6人、孫10人ができました」とコメント。後世にも語り継ぎたくなるような名スピーチですよね?

この実話をはじめ、『いだてん』を通して、多くのオリンピックに関わった人達の物語を知ることができて本当によかった。

まとめ

まずは『いだてん』を通して、オリンピックにかける・かけた人々の想いを感じることが出来た上で、2020年オリンピックイヤーを迎えられることに、感謝です。

最終回、60分拡大だということを忘れていて、8時40分過ぎで五りんの聖火ラン&富久だったことにヤキモキ。
「ここで締まるの?」と勝手に慌てましたが、オリンピック噺に戻り、金栗四三の完走や岩ちんから返却された治五郎のストップウォッチを手にマーちゃんが水泳選手の育成に励むという、1年間見てきたからこそ感じられる最高の時間(最終回)でした。

来年の東京オリンピック開催が楽しみすぎる!
多くの人の想いや頑張りで実現した日本での2度目の夏季オリンピック。
残念ながらチケットは手に入れられていませんが(まだ間に合う?)、一生に一度かもしれない日本国民へのプレゼントを、多いに楽しみたいですね。